top of page

洋画

ロングウォーク

01

近未来の全体主義国家を舞台に、貧困社会の一筋の光として開催される死の競技「ロングウォーク」。50人の参加者が、一定速度を下回れば射殺され、最後の1人になるまで歩き続ける——。
究極のデスゲームを描くはずだった本作だが、見終えた後に残るのは「果たしてこの歩行に何の意味があったのか」という徒労感だけである。設定の粗さと心理描写の破綻が目立つ本作は、間違いなく今年のラジー賞最有力候補だ。

1. 致命的に破綻している「参加者の心理描写」
本作を鑑賞する上で最もノイズになるのが、登場人物たちの行動原理が全く理解できない点である。

前提として、彼らはこの致死率98%のゲームに「自らの意志」で応募している。そしてゲーム開始早々、速度の落ちた最初の犠牲者がルールに則って容赦なく射殺された際、主人公を含む参加者たちは誰一人として驚愕のリアクションを見せなかった。大会側からの追加アナウンスもなかったことから、彼らが「49人が確実に死ぬ」という凄惨なルールを事前に完全に了知していたことは明白だ。

だとするならば、当然そこで展開されるべきは、他者を崖に突き落とし、時には軍の銃を奪ってでも生き残ろうとする「地獄のサバイバル」であるはずだ。しかし劇中の彼らはどうだ。死が目前に迫る中、横一列に並んで談笑し、「助け合おう」などと手を握り合う。あろうことか、出会って数日の連中が親友気取りで大空に向かって気持ちよく歌い出す始末。
己が置かれた絶望的な状況を理解していないのか、ただの天然なのか。この異常な和気あいあいとした空気感には、狂気すら通り越して呆れるほかない。

2. 「無意味な苦痛」を引き延ばすだけの構造
時間が経てば経つほど、参加者の肉体は悲鳴を上げる。便を漏らし、鼻血を流し、足はひん曲がり、意識は朦朧としていく。

どうせ1人しか助からないデスゲームなのだ。みんなで協力してこの艱難辛苦を乗り越えたところで、待っているのは「死」である。こんな無意味な苦痛を長引かせるくらいなら、早々にじゃんけんか何かで生き残る1人を決め、残りの49人は潔く自害するか立ち止まって射殺される方がよほど理にかなっている。彼らの「一緒に頑張ろう」というスタンスは、状況に対してあまりにも不自然すぎるのだ。

3. 作り手の「諦め」が透けて見える構成と演出
劇中キャラクターの混乱は、すなわち作り手の混乱と同義である。
中盤以降、作り手自身もこの設定を持て余したのか、処理に困ったかのようにテンポよく人が死んでいく。気が触れて監視の軍隊に突撃して乱射する者も現れるが、視聴者の心は何一つ揺さぶられない。50人の登場人物はただ作り手に操られる「動く人形」と化しており、もはや誰が死のうがどうでもよくなってしまう。
人が死ぬ瞬間に大袈裟なヒーリングミュージックを流す演出も、力量不足なクリエイターがすがりつく陳腐な手法の典型と言わざるを得ない。

総評:欠落した「物語の起伏」
本作には、映画としての工夫の余地がいくらでもあったはずだ。
たとえば、夜間に小休止のキャンプを設け、焚き火を囲んで主要キャラクターにじっくりと背景を語らせる。そこで密かにチームを結成させ、翌日に軍服姿の運営側へ反乱を起こして鎮圧される……といった展開を組み込めば、物語にリズムが生まれ、キャラクターにも血が通っただろう。歩きながらの会話をもっとウィットに富んだものにしたり、険しい山や谷といった背景の変化で魅せる方策もあったはずだ。
しかし、本作にはそうした物語の凸凹を作る意欲すら初手から見られず、終始貧相な背景の中で平板に歩き続けるだけだった。設定のポテンシャルを自ら潰してしまった、非常に残念な一作である。

02

自分も同じ感覚だったので指摘している人がいて安心しました!
なんだかいい話に持っていきたいのは分かるが根本の設定に無理があると感じました

bottom of page